研究系及び研究施設の現状 167
3-9 研究施設
分子制御レーザー開発研究センター
佐 藤 信一郎(助教授)
*)
A -1)専門領域:レーザー分光学、光化学
A -2)研究課題:
a) 巨大超高リュードベリ分子の緩和ダイナミクス b)ファンデルワールス錯体カチオン内の分子間相互作用
c) 位相・波形の制御された極短パルス光源の開発と化学反応制御への応用
A -3)研究活動の概略と主な成果
a) 気相・分子線中の分子をイオン化ポテンシャルより僅かに低エネルギー側(数cm–1)にレーザー光励起すると、主量 子数(n)の非常に大きい(n > 100)超高リュードベリ状態を比較的安定に生成することが出来る。この状態にある分 子は非常に大きな電子軌道半径(サブµm)を持ち、巨大超高リュードベリ分子と呼ばれ、理論・実験の両面から研究 が進められている。通常、分子は電子の動きにくらべ核の動きが遅い、いわゆるボルンオッペンハイマー近似が成り 立っているが、巨大超高リュードベリ分子においては、電子の周回運動のほうが核の運動より遅い逆ボルンオッペ ンハイマー近似が成り立つと予想され、通常とは全く異なる振動回転-電子相互作用が期待される。これらの相互作 用は分子サイズ(回転)や振動回転相互作用の大きさ等により変化すると考えれるが、簡単な2原子分子と多原子分 子(ベンゼン等)では、明らかに多原子分子において振動回転−電子相互作用によるリュードベリ系列間遷移が顕著 に起きることをみいだした。
b)分子間力の研究手段として、超音速ジェット中に生成するクラスター分子を研究対象とすることはもはや定番とな りつつあるが、我々はZEKE光電子分光法の特長を生かして、中性−カチオン間の分子間力の変化に着目して研 究している。中性芳香族−希ガスvdW 錯体では主たる分子間力は分散力であり、イオン化すると電荷−電荷誘起双 極子(C C ID )相互作用が新たに加わる。Z E K E 光電子分光法によりC C ID 相互作用のエネルギーや、分子間振動、ジオ メトリー変化、立体障害の影響等について新たな知見が得られている。
c) 光解離や光異性化等の光化学反応において、光励起された波束は、個々の反応座標のポテンシャル局面によって決 まる量子準位に即した運動をする。同一波長の極短パルス光による多光子励起では、この波束の運動を反応生成物 の基底状態へむけて最適に誘導することは出来ない。最適に誘導するためには、ポテンシャルの非調和性に即した 多波長の極短パルス列を、波束の時間発展に合致したタイミングで用意しなければならない。このための位相・波形 の制御されたレーザー光源の開発を進めている段階である。即ち、チタンサファイアレーザーの出力をグレーティ ングペアとコンピューター制御された液晶空間マスクにより波形加工し再生増幅により多光子励起に充分な出力 を得た後、OPG・A により波長変換するシステムである。
168 研究系及び研究施設の現状 B -1) 学術論文
H. INOUE, S. SATO and K. KIMURA, “Observation of van der Waals Vibrations in Zero Kinetic energy(ZEKE) Photoelectron Spectra of Toluene-Ar van der Waals Complex,” J. Electron Spectrosc. 88-91, 125 (1998).
H. SHINOHARA, S. SATO and K. KIMURA, “Zero Kinetic Energy (ZEKE) Photoelectron Study of the Benzen-N2 and Fluorobenzene-N2 van der Waals Complexes,” J. Electron Spectrosc. 88-91, 131 (1998).
S. SATO, K. IKEDA and K. KIMURA, “ZEKE Photoelectron Spectroscopy and Ab Initio Force-Field Calculation of 1,2,4,5- Tetraflluorobenzene,” J. Electron Spectrosc. 88-91, 137 (1998).
T. VONDRAK, S. SATO and K. KIMURA, “Cation Vibrational Spectra of Indole and Indole-Argon van der Waals Complex. A Zero Kinetic Energy Photoelectron Study,” J. Phys. Chem. A 101, 2384 (1997).
S. SATO and K. KIMURA, “One- and Two-Pulsed Field Ionization Spectra of NO. High-Lying Rydberg States near Ionization Threshold,” J. Chem. Phys. 107, 3376 (1997).
H. SHINOHARA, S. SATO and K. KIMURA, “Zero Kinetic Energy (ZEKE) Photoelectron Study of Fluorobenzene-Argon van der Waals Complexes,” J. Phys. Chem. A 101, 6736 (1997).
C ) 研究活動の課題と展望
フェムト・ピコ秒レーザーシステムの導入立ち上げにともない、極短パルスの波形制御技術の開発と化学反応制御の研究に 研究室の力点をおいていきたい。また巨大超高リュードベリ分子についても、これまでナノ秒レーザーとパルス電場検出の 組み合わせで研究してきたが、これからはフェムト・ピコ秒レーザーと光誘起リュードベリイオン化検出の組み合わせで、より 早い時間領域でのダイナミクスに迫っていきたい。
*)2000 年 4月 1日北海道大学大学院工学研究科助教授